【lol】必要なのは諦めない心

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九地篇(3)lol的解釈<背水の陣>

この項は『史記』でも有名な「背水の陣」と同じ考え方を紹介しています。その概要は、「絶体絶命の状況に陥った兵士は死にもの狂いで戦い出す」というもので、lolでも追いつめられて逃げられなくなったプレイヤーが反撃を試みる状況はよくあります。

Faker選手の物凄く有名なシーン。体力差がある絶望的な状況に追い込まれたときにも攻めの気持ちを失わないからこそ生まれたスーパープレイです。このピンチはあえて作り出したものではないとは思いますが、Faker選手は相手のテクニックや戦力的な優劣、スキルのCDなどあらゆる要素を瞬時に分析して勝利のイメージができたからこそ攻めに転じたと考えられます。

「背水の陣」は戦うことだけを考える作戦ではありません。ピンチになったときでも考えることを放棄しないことが大切で、なんとか逃げ道を探したり生き残る方法を必死で探すのも「背水の陣」なのです。諦めてしまえばそれまでですが、足掻いていれば味方の救援が来るかもしれないし相手に想定外の損害を与えることができるかもしれません。そして上手くいけば生き残ることができるかもしれないのです。

普通の試合でよくある「背水の陣」的シチュエーションは剥き出しになった本陣前での攻防戦です。それを壊されたら終わりという後がない状況なので守る側は必死に攻撃するしか選択肢はありません。こういった状況では守っている側が相手を全滅させてまさかの逆転ということがよく起こります。それが起こるのは、攻める側が本陣を攻撃するのに対して守る側は相手を攻撃することだけに専念できるからだと考えられます。この動画では赤チームは「本陣を壊せる」と判断したけど、青チームのエリスに粘られたうえ他のメンバーも復活してきたことにより再び逆転されてしまいます。勝負所ではその辺の判断が非常に難しくなってくるので、勝ちがちらつき判断が鈍った側必死で戦うことに専念する追いつめられた側で逆転が起こるのもあり得ない話ではないのです。

原文と訳

凡そ客たるの道、深く入れば則ち専らにして主人克たず。饒野に掠めて三軍食足る。謹み養いて労すること勿く、気を併せ力を積む。兵を運らし計謀し、測るべからざるを為す。これを往く所なきに投ずれば、死すとも且つ北げず。師いずくんぞ得ざらん。士人力を尽くさん。兵士、甚だ陥れば則ち懼れず。往く所なければ則ち固く、深く入れば則ち拘し、已むを得ざれば則ち闘う。是の故に其の兵修めずして戒め、求めずして得、約せずして親しみ、令せずして信なり。祥を禁じ疑いを去らば、死に至るまで之く所なし。吾が士に余財なきも貨を悪むに非ず、余命なきも寿を悪むには非ず。令発するの日、士卒の坐する者は涕襟を霑し、偃臥する者は涕頤に交わる。これを往く所なきに投ずれば諸かいの勇なり。

【訳】敵の領内深くに進攻したときの原則には以下のものがある。

・敵の領内深くであれば兵士は一致団結するので敵は対抗できない。

・食料は敵領内の肥沃な土地から調達する。

・休養をとって戦力を温存して鋭気を養う。

・敵の想定外の作戦計画を立てて兵士を動かす。

こうして自軍を逃げ場のない戦場に投入すれば兵士は逃げ出すことができず命がけで戦わざるをえない。兵士は絶体絶命の窮地に立たされると恐怖を忘れる。逃げ道のない場所に追い込まれると一致団結し、敵の領内深くに入れば結束を固め、どうしようもない状態になれば必死で戦う。このように兵士は指示しなくても自分たちで戒め合い、要求しなくても死力を尽くし、軍規がなくても団結し、命令しなくても信頼を裏切らなくなる。こうなるとあとは、迷信などを禁じて疑惑の気持ちを生じさせなければ、戦死するまで戦うであろう。そうして兵士は生命財産をかえりみず戦う。彼らだって財産は欲しいし死が怖くないわけではない。出陣の日は涙で襟を濡らしたはずである。その彼らが戦いを始めたとき専諸や曹劌(古代の勇者)のような働きをするのは絶体絶命の窮地に立たされているからである。

読むのが面倒な人用

・ピンチになっても諦めない。

・勝負所ではどちらも判断を誤りやすい、それ故に逆転も生まれやすい。

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